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匠 桜井真一郎

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「昭和30年3月。熊の湯から横手山越えのスキーツアーにでかけたんです。今ではウソのような話ですがリフトすらない当時は、熊の湯からかんじきをはいて登るのですが、残雪が膝までうまるようなつらい山登りで、横手山頂に着いたときには鼻血が出るほどでした。いよいよスキーをつけて草津を目指すとき、何気なく後ろをふり返ったんです。それは実に印象的でして。  空はどこまでも蒼く、山並みは白く続き、それを区切る白い稜線− 大自然がつくりあげる光景はこんなに美しいものか、と感動したものです。もし、あたらしい車をつくるとすれば、「スカイライン」という名前をつけよう- と思った瞬間を今でもおぼえています。」ブルーバードもコロナも生まれていない昭和32年4月。ALS1はスカイラインとして歴史を歩み出しました。命名者は設計者自身である桜井真一郎氏。昭和4年生まれ。昭和27年日産入社。910で日産を救った第一車輌設計部の石川康雄氏同様、「脚まわり」から入っています。スカイラインはR30型まで一貫して足回りが設計思想の軸になっていました。

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30系でのとっさの操作性能確認図会
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30系 扉開閉音検査図会
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桜井氏、30系での走行試験図会。
 C10から主任設計者という重責をおうことになりました。同時にユーザーは彼の魂に共鳴し桜井真一郎のGT哲学を体感することになります。現在の技術水準からすれば稚拙な面は多々あるやもしれませんが、間違いなくスカイラインユーザーはおおきな誇りとすぐれた道具を持つよろこびをい手にしていました。いまやGTRにいたっては、経営難のポルシェもたじろぐ量産スポーツカーの頂点を極めてしまいました。しかし当時のようなときめきが色褪せてしまったのはなぜでしょう。



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C210 GT系の最終検討までのこったで不採用クレイモデル。むこうに見えるのは110。

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クレイモデルに塗装用フィルムを実装した状態




こちらはTI系のクレイモデル
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TI 最終検討用モデル
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ライトバン 検討用クレイモデル オペラウィンドウが前よりにある案
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オーバル型ウィンドウの案
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最終型 バン 1600GL
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